タグ:本番前後


16
November
2022

【2022】よびごえ日誌 スタコン終了

小田です。小金井祭に出場されたみなさん、本当にお疲れ様でした。
先日、僕が書いたよびごえ日誌で、「Salve Regina」と「白日」を選んだ理由については、少し語ってみましたので、みなさんの演奏を聴いて、合唱の学びの深いところと僕が思っていることについて、少しだけ共有を試みたいと思います。
 
みなさんよりも少し先輩のよびごえメンバーで、吹奏楽と合唱の違いについて、振り返りの時によくご発言くださる方がいました。「合唱にはテキストがある、それを教育資源として活かせるようになりたい」というような趣旨のことをおっしゃっていたと思います。
これについて、異論を唱える方はいないと思います。確かに、吹奏楽と合唱では、テキストの有無は表現の差異として認められると思います。
 
音楽は言葉である、ということについて、みなさんはどの程度、考えたことがあるでしょう。
これについて考えるとき、そもそも「言葉とは何か」ということを考える必要もあるでしょう。
では、改めて問いますが、「言葉とは何か」ということについてみなさんはどの程度考えたことがあるでしょう。また、みなさんは言葉とはなんだと説明しますか?
 
教科書的で明確な答えを探そうとすることよりも、ここではみなさんが普段使っている「言葉」について振り返り、その特性を今一度捉えてほしいことを目的として問うています。
 
 
 
僕の考えです。言葉は、自分以外の誰かに、何かを伝える必要性がなければ発達してこなかったと考えています。
最もプリミティヴなレベルでいうと、何かを伝えあうことが生存状態を維持することに有利であり、そのために時間をかけて複雑に発達させてきたのだと思われます(複雑な情報をより正確に共有できることは生存に有利だったのでしょう)。
つまりは、言葉の本質は、誰かに何かを伝える、ということであって、むしろそれだけの概念なんだと思います。
そう思うと、誰かに何かを伝えるものであれば、そのすべてを「言葉」と呼んで良いと思っています。
 
きっとこうした考えは僕だけのものではありません。書き言葉やしゃべり言葉といった、特定の文化圏で発達した、俗に ~語 と呼ばれるものだけが言葉なのではなく、ジェスチャーも何かを伝えますし、ダンスや美術作品、そして音楽も何かを伝えるので「言葉」なんだという考え方は、古くから西洋を中心に存在していました。
 
~語と呼ばれるものについては、新しい単語が開発されたり、単語と単語をどう結び付けることでどういう意味作用を期待するのかという統語(文法)という考えが発達していくことで、「言葉」としての豊かさを見出すわけですが、音楽はどうだったのでしょう。音楽は、多分にしゃべり言葉や書き言葉の影響を受けることで、音と音がいかに結びつくのか、ということが開発されていったと考えられています。これについては、レナード・バーンスタインの「答えのない質問」がとても面白い視点を与えてくれると思います。図書館で夢中になって毎日視聴覚ブースでビデオを見ていたころを思い出します。バーンスタインとしては、音楽にも文法があって、音と音が結びつくとき、例えばそこにはカデンツみたいなルールがある、それは言葉が 主語と述語 の組み合わせを基礎として多様なヴァラエティを持つことと似ている、というように説明しています。
 
さて、なぜ急に小田がこんなことを言い出したのか、ということにゆっくりと立ち返りたいと思いますが、「Salve Regina」のように私たちの私生活ではなかなか使用しない言語を歌唱するとき、テキストはよく分からないけれども、音楽的にはこういうフレーズで処理したらいいんじゃない?という「直感」が働く人もいるかもしれません。でも、言い方を変えれば、なぜその直感が作動しうるのかというと、音楽とテキストがそれぞれ異なった「言葉」だからであり、合唱作品(歌唱作品)は、そうした2つの言葉が併存するということが形態の独自性となっているからです。
 
声楽作品の作曲様相の歴史的変遷を思うと、歌唱作品にはそもそも2つの言葉(音楽、テキスト)が内在しているということを作曲家の中で自明のこととし、基本的にはテキストのもつリズム感や単語と単語の結びつきの強さの程度、意味などをいかに音楽に自然な形で反映していけるのかということが重要な技法とされてきました。例えば、作品を評する際に「テキストと音楽がよく合ってる」なんて言葉を耳にすることもありますが、まさにそうした価値観のことを指します。しかしもちろん、時代が新しくなるにつれ、テキストの内容について、いかに音楽という言葉によって広がりを持たせられるのか、ということが作曲家の興味の対象になってきます。つまりは、いつまでもテキストに迎合した音楽であることを良しとせず、声楽作品の中での「音楽」の表現を問うようになってきます。歌唱作品を構成する2つの言葉の力関係に変化が起ころうとしているということです。テキスト優位の場合は、音楽はテキストのしもべとなって、ペットのようについていくわけですが、テキストと音楽がともに独自の位置を見出した作品については、例えば「テキストと音楽の結婚」という美しい表現で言われることもあります。
 
つまりは、冒頭で引用したみなさんの先輩の発言を思い返すと、その方がおっしゃっていたのは、吹奏楽と合唱の違いを、表現形態に内在する言葉の数で捉えようとしていたこと、また合唱にはテキストがあるよね、というシンプルな問題ではなく、2つの言葉の関係性をいかに教育的に活用できるのか、ということを言っていたのではないかと思うのです。
 
さて、結論なのですが、「Salve Regina」と「白日」について、2つの言葉の関係性はどうなっていたのでしょうか。実は、一柳さんが初期の稽古の振り返りで少しおっしゃっていたようにも思いますが、この2つの作品については、こうした観点からも異なるタイプの作品であったように個人的には振り返っています。Salve Reginaはラテン語のテキストからアプローチ? 白日はノリや音楽からアプローチ? もしかすると、知らず知らずのうちに、この2つの言葉についてみなさんは直感的に捉え、それを演奏法につなげていたのかもしれません。そんなことを、みなさんの小金井祭での演奏を聴きながら考えていました。
 
最後に、今回の春こんの自由曲。その1曲については3つの言葉が併存していることにはお気づきでしょうか?音楽、テキスト、そして踊り。音楽では何を伝えられるのか、テキストでは何を伝えられるのか、踊りでは何を伝えられるのか。そして、そうした3つの言葉をもつ作品というのは、2つの言葉をもつ作品と比べて、お客さんへの届き方は何かが異なるのでしょうか?いろいろと、楽しく考えてみてください。
 
問いをもつこと、チャレンジすること、よびごえはもっともっと、合唱の本質に迫ることができます。合唱を究めてください。そして、それが将来の子どもたちとの合唱活動のエネルギーになることに心からの願いを込めて。 小田  
15
November
2022

【2022】よびごえ日誌 スタコン練習編03

こんにちは。B類3年藤原改です。今日はスタコン本番に向けた最後の練習で、本番曲の「Salve regina」「白日」を練習しました。
本番前最後の練習ということで、今回は細かい表現以外にも本番への向かい方について意識するような稽古になりました。
 
【Salve regina】
・響きを小さく作らない!自分たちの近くで響きを揃えようとせず、空間全体に響かせて「観客を包む」
・合わせるために遅くなる/小さくなることはないように!基礎はなっているからこそ前向きに歌う
・歌詞の単語間のエネルギー(修辞学的な意識)を大切に
・音/音程が何かを象徴すること・その違いを理解する
・語尾の処理を適切に行えるような場所/深さのブレスを心がける
 
 
【白日】
・この曲全体のトーンはどう設定するべき?
「諧謔的な(全てを見下ろすトーン)」「強め」「乱暴に見えて本当は傷ついてる」etc… 何かしらの意思を持つ
・原曲を踏まえた曲中でのテンポ変化について共通認識を持つ(ピアノの8ビートによるテンポキープ!)
・各声部のバランスと音程の最終確認
 
本番に歌うメンバー全員での稽古が実施できたため、バランスや音程など地盤となる音楽づくりの部分については念入りに確認が行えました。男声パートを担当している私個人の実感としては、混声四部合唱に比べて混声三部合唱の方が男声パートが担当する役割/音域が広く、根音として全体のハーモニーを支えるのか(混声四部合唱におけるBassの標準的な役割)、内声のような役割を果たすのか(SopとPianoの左手がそれぞれ外声の役割を果たしてアルトパートと男声パートで内声を担当する、といった動きは混声三部合唱にありがちだと勝手に感じています)、それぞれの役割に応じて声量感がかなり異なるため、すごく練習を始めたころは頭を使って歌っていた記憶があります。
 
7月の合唱祭に向けて取り組み始め、もう半年間この曲と向き合ったわけですが、だいぶそういった点については無意識に演奏できるようになってきたなと感じました。
ただ、だからこそ変な癖がついてしまった部分には気づきにくくなっているのもまた事実でした。音楽づくりの点においては、そういった癖をとり改めてこの曲の細かい部分と向き合う作業ができたなと感じています。
 
 
また、今回の稽古は「本番への向かい方を意識する稽古になった」と前述しましたが、それは前の段落で述べた「音楽面の最終調整」と別に、「本番の演奏を意識した稽古」たらしめる何かがあったからだと感じます。
それは具体的な文言が、というよりは稽古全体の雰囲気(小田さんの発言の端々から、また、団員の姿勢から)なのかなと思いますが…具体的にはあまり答えが出ません。
 
でもこの「本番前最後の練習」特有の感覚は、かなり経験した事があるものです。特に、何日も何か月も、たった1曲2曲に費やして練習していた中学高校の合唱部時代はいつも存在する感覚でした。
一度練習のすべてを手放して、頭に、身体に染みついている音楽を精一杯表現するような感覚。今回の稽古でも「練習してきたことは全部忘れて」という発言がありましたし(前後を省略しているせいで誤解を招いたら申し訳ないですが)、今までも様々な先生にそう言っていただいた記憶があります。そしてなぜだか、そうやってのびのびと楽しんだ演奏の方が九割九分上手くいくんですよね…。
 
指導者側の立場で考えると、この「本番前最後の練習」で児童生徒にどういった声がけを、指導をするかはとても本番の状態に関わると思います。絶対的な正解があるわけではなく、対象とする集団の年齢や雰囲気、本番の目的などによって変化するものだと思いますが、児童生徒たちにとってその時その時の本番がより素敵なものになるための一助となれるように、都度考えていきたいなと感じました。
 
私の怠慢で日誌の筆がなかなか進まず、気づいたらもう本番当日ですが、のびのびと演奏出来たらなと思います!
次回の日誌もお楽しみに! 藤原…
02
October
2022

【2022】よびごえ日誌 合唱祭辞退と夏休みインライ編📷

今年度、よびごえの夏休みの活動は、1.2年生チームと、3年生チームに分かれて実施しました。
 
今年度の夏休みの活動の背景には、よびごえ結成以降、途絶えることなく出場していた東京都合唱祭への出場ができなくなったことがあります。今年もたくさんの新しいメンバーがよびごえの活動に加わってくださり、団としても声が新しくなったので、合唱祭では自分たちで合唱を創る活動を楽しめる曲、これからの合唱活動の基盤となる「音楽」を考えられるような曲と願いを込めて、King Gnuの「白日」の合唱編曲版、K. Bikkembergs作曲の「Salve Regina」を演奏予定でした。
 
白日とSalve Reginaと聞くと、「え、ほぼ真逆の曲やん」と思われるかもしれません。その通りです。
でも、実はこの2曲、いずれも混声3部合唱の作品であるからこそ選んだという理由もあります。
音楽作品の類似もしくは相違を見ようとするとき、例えばポップスや宗教曲といった「ジャンル」の視点や、混声3部合唱や同声2部合唱など「編成」という視点からも見ることができます。今回の2曲はジャンルという視点から見たときには相違が認められますが、編成という別の視点からみると類似が認められるという位置にあります。今回の2作品は、この2作品の組み合わせだからこそこうした複雑さをもつわけで、「え、ほぼ真逆の曲やん」と最初に思った方がいれば、合唱祭の本番が終わるころには「あ~この2曲はたしかにこういう視点から見ると全然違うけど、こういう視点から見てると似てるよね~」と、作品間の複雑性を実感をベースに当たり前に語れるように変化してくれたら、それは俗に「成長」という言葉に当てはめてもよいのかな、と思っていました。
 
もちろん、そんな概念的なことを学びと限定せずとも、ポップスを合唱として演奏することの難しさを肌で感じ、どうすれば解決できるのかという解決学習の意図もありました。音楽の仕上げ方という意味では普通の合唱作品のように詩からのアプローチではなく、音そのものの「ノリ」(みなさんの口からもたくさん出てきましたね)やビート感など、そういった方法でのアプローチも有効であることを共有できました(音楽言語からのアプローチ)。一方で宗教作品を扱うときには、やはり言葉の壁はあると思いますが、今日の主流な合唱指導のスタイルである詩からのアプローチを共に学ぶ時間にできたように思います。単語のアクセントや単語と単語がつながるときはどの言葉が大事なのかという、単語のもつアクセントと、文章としてのアクセントの違いから音楽をつくっていけるというアプローチも行いましたし、言葉の意味論からせめる場合は、やはりキリスト教に視点を向け、その世界を前提として、マリアとはどういった存在なのか、そういったマリアに対し私(作品の中での私)はどう思っているのか、ではそういう思いはどういう声で歌われるべきなのか、では具体的な歌唱としてはどういう技を使って歌うのか(ここにフォルテやピアノ、暗い声、明るい声が位置づいてきますね)、というふうに進めていくことができました。このアプローチの根幹は、指導者主導ではなく、指導者はファシリテーターになっているというところにあると思います。僕からは情報と問いを投げかけ、実際にマリアがどういった存在なのか、作品中の私であればマリアに対しどういう感情を感じるのか、それはみなさんに委ねました。
 
そんな音楽言語的アプローチや詩からのアプローチなど学びの仕掛けを準備していたということと、みなさんもきっと、稽古の中でたくさんのことを感じ、考えてくれたこの2曲を合唱祭で発表できなかったことに残念な思いもあったと思います。一方で、しょうがないことでくよくよしても前には進めないので、みなさんで挽回の機を考えてもらった結果、1.2年生から出てきたアイデアが「インスタライヴ」(インライ)でした。
 
よびごえ初のインライは、以下にて開催予定です。
ちなみに明日のインライの曲はすべて混声3部です(1.2年生の作戦だったのでしょうか?)。編成としてはすべて同じ。だけどもジャンルも違えば、作品に与えられたテーマも違う。教育目的で書かれた作品とそうでない作品など、様々な視点を感じさせる曲たちから、演奏とナレーション(司会)を通してどれだけの合唱の広がりをお客さんと共有できるのか。僕も、みなさんのインライから合唱を楽しみたいと思います。
全力での真剣勝負、よい本番になりますように願っています。
 
Instagram Live!!
👉 yobigoe_tgu_chorus
👉 10月3日(月) 19時 スタート
👉 君とみた海(若松歓作詞作曲)
  白日(常田大希作詞作曲、田中和音編曲)
  With You Smile(水本誠作詞作曲、水本英美作詞、富澤裕作曲)
  Salve Regina(K. Bikkembergs作曲)
  虹(森山直太朗/御徒町凧作詞作曲、信長貴富編曲)
 

 

(司会の音量チェック中)
 
3年生の夏休みの活動は、勉強会を開催し、3年生は3年生での合唱を行っていました。
僕が忙しさを理由によびごえ日誌を更新できていないという怠慢でしかないのですが、時間を見つけてアップしますので、3年生の皆さん、ご容赦ください…。 小田直弥…
07
July
2022

【2022】よびごえ日誌 vol.9

はじめまして!1年A類音楽の新喜真由音です。今年度からよびごえに新しく入団しました!今回初めてのよびごえ日誌を書かさせていただきます。これからよびごえの一員として恥じないように活動していきたいと思いますのでよろしくお願いします!
 
今回は7/18の合唱祭へ向けて発声→全体稽古→通し稽古→パート練の流れで練習しました。
 
発声では、まずブレスを使って歌っている時に重心を下に保つことが大切だということを確かめました。その後、音程と母音を付けた発声をしました。その際、低い音は意識しなくても重心がしっかりしていますが、高音になるにつれて音とともに意識も上の方に向かってしまう傾向があります。なので高い音ほど重心を感じる必要があるのだと改めて気づきました。常に上半身だけでなく全身を意識して歌いたいと思います。
 
白日では、初めの女声二部の部分でほとんどの印象が決まってしまうということについて考えさせられました。小田さんに、はじめを大切に愛情を持って歌う、と指摘していただきました。しかしその後に歌ってみると、真面目で原曲のよさが少し失われてしまったという話がありました。私は専攻のピアノでも、「真面目すぎるからもう少し遊び心が欲しい」と言われることがあり、その度に遊び心とは…?と悩まされます。今までにいろいろなことを考えましたが、今回の活動で思ったことは、”リズムや強弱を工夫して面白いものを作ろうとする”だけでは聴いてる人には伝わるものは少ないのだろうということです。自分たちが心からその曲を楽しむ気持ちや「こう歌いたい」という意志の強さなども演奏には大切な要素なのだと感じました。しかし、これはリズムや強弱と違って非常に抽象的なことなので、どうしたら形にできるのかより学んでいきたいと思いました。
 
Salve Reginaでは、先週に引き続きフレーズごとの音色の変化について考えました。パート練習の時、先輩方が「音色の変化といっても明るいと暗い以外に何があるのだろう」と話されてました。私はその時全然思いつきませんでしたが、やはりこれも感情的な部分が大きくなってくるのかなと感じました。まだ考えはまとまらなかったので、本番まで残り少ないですが深めていけたらと思います。
 
よびごえに入団して1,2カ月ほど経ちましたが、議論についての自分の考えの浅さや頭の硬さを痛感しています。もっと積極的に音楽を創り上げていきたいので頑張ります!
 
次のよびごえ日誌は3Bの藤原改さんにお願いしました。よろしくお願いします🙇‍♀ 新喜真由音…
30
June
2022

【2022】よびごえ日誌 vol.8

こんにちは!3年アルトの原田綾乃です。今日は、体操と発声のあと、Salve Reginaと白日の全体稽古を経て本番を想定した通し稽古を行い、最後にパートで気になったところの確認を行いました。
 
 
今日の発声では、体操で無理のない立ち方を確認したあと、決められた拍で息を吐ききるブレスの練習をしました。白日のようなポップスを扱うとこのような基本的なところが崩れてしまうこともあると思うので、丁寧に確認できてよかったです。次にやったハミング→曖昧な母音→母音という流れで響きの位置を確認する練習では、ハミングから母音への間に一つ入れるだけで、ハミングの鼻腔内共鳴の感覚を母音のときも意識できていいな、と思いました。個人的に、普段の練習で発声練習を充実させることができていないと感じているので、本番前だからこそ、個人で練習するときも、発声にもこだわって練習したいと思いました!
 
その後の全体稽古では通し稽古に向けて2曲の確認を行いました。
 
Salve Reginaでは、歌詞の意味に応じて音色を変えるという話がありました。これまでのよびごえの活動でも行ってきたことですが、朗読が先にあって曲が生まれた、という背景を持つ宗教曲ではより一層音色の変化に意味を持たせることが重要なのではないかと感じます。歌詞を読みこんで、自分なりの表現を考えたいです。
 
白日では、音程のことやテンポのことなどの確認とともに、徐々に白日のモードに入るのではなく、切り替えることに気を付けました。今年の合唱祭に向けての稽古では、合唱としてポップスを扱うことについて、発声のことやビート感の出し方の工夫、ポップスと合唱のよさを出せる演奏を目指して試行錯誤しています。私は本番になるとどうしても「成功させなければ」と保守的な演奏をしてしまうので、自分で考えた表現を客席まで届ける意識をしっかり持って、本番まで面白い白日を研究したいです!
 
 
また、通し稽古は本番独特の緊張感を感じられるのと同時に、自分の中に定着していない部分がわかるなあ、と思いました。抜き出して歌えばできるものも、通すとうまくいかないということがよくあるので、本番を見据えて、常にできる定着した表現を増やしていきたいと思います。
 

 
今日の写真は、なつみちゃんお誕生日おめでとう〜ショットです!
素敵な一年になりますように!
 
次回は1Aの新喜さんにお願いしました!お楽しみに!
 
  原田綾乃…
12
May
2022

【2022】よびごえ日誌 vol.4

こんにちは!今回はA類音楽2年の丸大喜がよびごえ日誌を書かせていただきます。今日の稽古は新歓コン前最後の練習で、団員各々が本番に対する意気込みや不安など、様々な感情を抱えながら臨んだ稽古だったのではないかと思います。
 
新歓コンで演奏する二曲「春に」と「彼方のノック」。どちらもthe合唱曲という感じで、この前の春こん。とは良くも悪くも雰囲気がガラッと変わります。有名曲で、音楽に携わる人なら知っている曲であろうからこそ、“ただ上手に歌う”だけではだめなのではないかというのが今日の大きなテーマになったと思います。もちろんいつも考えていることではありますが、いつも以上に考えていたのではないでしょうか。どうすれば新入生たちを惹き付けられるか。よびごえにしかできない演奏、出せない響きを模索した内容の濃い時間だったように思います。
 
初めに、今日の稽古内容をまとめてみます。まず稽古の流れとして、発声、パート練、一曲通して振り返り、一曲通して振り返り、最後に二曲通すという流れでした。次に曲ごとに細かい内容や思ったことを書かせてください。
 
○春に
一曲通した後の小田さんの言葉で少しハッとさせられたのは覚えています。「相当なインパクトがなければ新入生には流される。リズムを正確に、発声、和音を決める。それができるのはお手本のような演奏にすぎない。そうではなく、大学で学んだことでどれだけ変わったのかを伝えなければならない」。これは音楽の本質だと私はいつも思います。上手な演奏をする人が周りにいくらでもいる世界だからこそ、上手なだけの演奏というのは、どこか心に届くものがないなと感じます。そこをベースに自分たちの表現や感情が加わることで初めて聴衆に届く演奏になるのです。しかし私たちは技術を高めることだけに気持ちが向いてしまいがちです。そうではなく私たちは聴衆に何を届けたいのかを考え、それはどうすれば伝わるのかを試行錯誤するのがよびごえという合唱団です。今回も音楽の本質を思い出す機会というのを小田さんが与えてくださったことに感謝したいです。
 
では聴衆に伝わる演奏をするにはどうすればいいのか。挙がったポイントは「歌い始め」でした。「この気持ちは何だろう・・・。」とはじまるわけですが、ここをせーのと拍通りに入るのでは何も気持ちがこもっていません。自分の中にあるもやもや、あるいは言葉にできないものなど、団員それぞれの中にあるものを思い浮かべることで自然と出てくる「この気持ちは何だろう…。」とはじまる方がより伝えたいことが明確になります。初めのインパクトで新入生を惹き付ける演奏に変わったと思います。
 
○彼方のノック
この曲もまず挙がったポイントとして、曲の歌い始めでした。初めで新入生にアッと思わせる。初めが勝負だと私も思いました。ユニゾンの単調なメロディだからこそ気持ちを込めなければつまらない始まり方になるのは目に見えています。やはりどんな曲においても初めと終わりは特に重要だなと感じますね。
 
そしてもう一つ挙がったのは、75小節目でのブレスの有無です。フレーズ感的にはしない方がいいという意見や、母音が同じだから言葉がわかりやすいようにブレスを入れて切った方がいいという意見もありました。このように一つの個所を吟味していろいろな観点から議論するのはよびごえの代名詞だと思いますし、難しいですけどいろいろな考え方が聞けて楽しい時間でもあります。ここでは後者の意見を採用しブレスありの方向で意見が合致しました。
 
今回の稽古ではもう曲が完成していて、通すということを優先していたため、あまり深いところまでできませんでしたが、とてもよびごえらしい有意義な活動になったと思います。これから新歓コンで私たちの演奏が始まりますが(現在時刻5/13.17:35)、どうか私たちの演奏を聴いて、聴きに来てくださっている新入生の皆さんに私たちの思いが伝わったと思ってくれるようなステージにできるよう、頑張りたいと思います。
 
来週は2年A類の稲村歌乃さんによびごえ日誌をお願いしました。よろしくお願いします。 丸大喜…
01
March
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(松本)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
25
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(一柳)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
15
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(堀切)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
15
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(原田)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
14
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(佐藤)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
14
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(滝澤)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
14
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(大瀧)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
13
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(小田)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
13
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(伊藤)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
13
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 メッセージ(小金澤)

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
13
February
2022

保護中: 【2021】よびごえ日誌 春こん編 12/23の日誌と、本番前日に思うこと

この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。
23
August
2021

【2021】よびごえ日誌 合唱祭の振り返り

とっても時間が経ちましたが、よびごえメンバーより、合唱祭の演奏に関する感想と、前期の練習の運営について振り返りが欲しいとのことだったので、記録としてよびごえ日誌に綴ることとします。
 
まず、何度も言いますが、こうした状況下において、新入生と共に、みなさん自身の力で舞台に立ち、拍手をもらえたことはとても素晴らしいことだと感じています。運営に注力してくれた2,3年生にはとても感謝しています。本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした。
 
【演奏について】
合唱における演奏の良し悪しは、音程や和音、発音、複数の声部による有機的な音楽構成(解釈や空間づくり)といった「技術的な視点」だけでなく、パートや団としての声のまとまり、発声、選曲といった「個性が影響する視点」、さらに抽象化すると、気迫といった「雰囲気のようなもの」まで、いくつかの層が複雑に絡み合って決まってくるように思います。
それらを見渡したうえでも、総合的には、質の高い演奏だったと思います。それは、技術、個性、雰囲気を一定以上のクオリティで提供できていたこともありますし、それぞれの視点がよく練られている演奏だったとも言えます。
 
今後に向けた視点として、大きく2つの反省をしたいと思います。
1つ目は、マスクの壁を超えること。
 講評でもいただいておりましたが、マスクをしていたとしても会場で言葉がはっきりと聞き取れるよう、もう少し調整をすべきだったように思います。特に、柔らかい音楽の場面(音量が小さく、レガート気味の場面)において、閉口母音(i, u, e)の子音は、開口母音(a, o)よりも注意をすべきでした。例:”く”じら。 一方で、例えば、くじらの優しい感じを出そうとするために子音をソフトにするという判断は間違っていなかったと思いますので、ホールの奥の客席に坐っていて、ちょうどよいくらいの量感の子音であるためには…、と考えたときには、個人的にはあと少し強く、もしくはあと少し意識をして発音すべきだったということです。
 次に音量です。講評では、ホールの大きさと合唱団の人数に対して、立ち位置はベストの選択だったという声もいただきましたが、個人的には、みなさんの最大音量がしっかり出せていたのかが気になりました。合唱団よびごえの演奏としての魅力は、①作品解釈の深さと、②一人ひとりの思いの深さと、③少人数とは思えない音量の3点がすぐに思い浮かびます。マスクの影響は大きいと思いますが、マスクをつけていたとしても、音量の壁を超えれると思いました。ちなみに、合唱の場合、一人一人の声量が大きいだけでは、全体の音量は大きくなりづらいです。各パート内の音が良い感じで混ざり合い、さらに複数のパートが和音(倍音)の力を借りることで、初めて人数以上の迫力が成立します。今回は和音のはまり方は悪くなかったと思いますので、声量の意識がもう少し欲しかった、という反省と言えます。
 
2つ目は、力学を楽しむこと。
 よびごえとしては指揮者がいない初めての本番だったと思いますが(実は過去にも1回あったのですが、ただその時はピアノ伴奏がありました)、その割にはよく縦があっていた、という一定数の評価もある一方で、僕からすると、アンサンブルとしてはもう少しやれたのでは?と思っています。それは縦が合っていなかったということではなく、「私はこのテンポで歌いたいけど、そっちがそのテンポでいくならしょうがないなぁ、折れてやろう」というのを、楽しむことができていたかどうか、という視点です。
 少し脱線になるかもしれませんが、ソロでピアノを弾くのは完全に一人の世界なので他者から音楽を引っ張られるということは少ないと思いますが、例えば自分が歌い手だとして、伴奏がつくだけで一気に歌いにくくなったり、ここはこういう感じでブレスしたいのにな~、と思ったりすることはありませんか?たった一人共演者が増えるだけで、舞台上には力学(音楽の引っ張り合い)が発生します。自分はこうしたいけど、君がそうするならばこう歌ってあげてもいいよという具合です。自分一人で演奏する以外の時は、ほぼ確実にこうした状況が生まれると言ってよいと思います。つまりは、こうした力学は避けることはできないですし、自分の思い通りに歌えないということが悪いことではないということです。しかし、そういう力学を楽しめていたかどうか、という視点をみなさんにお示ししたいと思ったのは、こういう力学こそ、合唱なのではないか、と思うところがあるからです。(これは吹奏楽でも言えるのかもしれませんが。)
 パートの中には小さな力学があり、全体練習の時には大きな力学があるようにも思います。そうした音楽の引っ張り合いが、結果的によびごえらしいサウンドを創り出すように思いますし、指揮者がいないからこそ、この力学と今まで以上に向き合わざるを得ないとも思います。10人未満で、かつ指揮者無しで全国大会で堂々と歌う中学生、高校生の姿を見ると、こうした力学を楽しんでいるように僕には見えます。よびごえのみなさんにも、きっと、できるはず。そこには、新しい感覚が待っているのではないでしょうか。
 
【前期の練習の運営について】
コロナの変異株のことを思うと、少なくともよびごえの稽古に参加したことによって陽性者が出なかったことは本当に良かったと思いました。Zoomでも、思いのほか、音楽の内容については指導ができたことも良かったと思いますし、これまでのよびごえの稽古のように、みなさん1人1人に考えてもらい、それを積み上げて演奏を作っていくというプロセスもほぼほぼ再現できたと思います。
もし後期に向けてお願いしたいことがあるとすれば、指揮者がいないとき、テンポがどんどん遅くなることは本当によくあることです。そうしたときに、曲の途中であっても軽く振って(指揮をして)、音楽を前にもっていってくれるような人がいると大変助かると思いました。前期は最初と最後だけ、振ってくれたと思いますが、「春こん。」が無事に開催されることとなり、みなさんも参加したいと思ってくださるのであれば、作品の難易度はこれまでよりも高くせざるを得ないと思います。そうしたとき、前期のような、最初と最後だけを振るシステムでは完成まで持っていけない可能性を危惧しています。
感染症対策やオンラインを活用した稽古については、前期でほぼ確立できたと思いますので、あとは上述の、より難易度の高い作品にも対応できるようなシステムの構築ができれば来年以降にも役立つものになると思います。変拍子やテンポがころころ変わる曲、それぞれのパートがまったく合わないような曲など、高度な合唱作品が演奏できる能力を1人1人はもっていると思うのですが、それを指揮者無しでみんなであわせて、本番も指揮者無しで演奏できるようになるための方法を考えていきたいですね。これは後期に向けた僕の大きな宿題とも言えますし、みなさんと協力しながら解決したい課題です。
 
 
 
以上、改めて、先日の合唱祭はお疲れ様でした。
夏休み真っ最中で、エンジョイされている方も多いと思います。コロナには本当にお気を付けいただきつつも、楽しいことをたくさん経験してください。YouTubeで合唱を聴きまくったり、合唱指導の本を図書館から借りてきて、なるほど!とか、いや~ここは違うやろ~!とツッコミを入れてみたり。そして、勉強会の時は、メンバーみんなで一緒に合唱と向き合いましょう。
 
小田
 
おまけ:ねぷた金魚
青森の夏はそろそろ終わります。
 
27
February
2021

【2020】よびごえ日誌 本番後の振り返り編(森本)

会場での練習なしで客席から舞台に出るというのが新鮮で、客席に出た瞬間に緊張が押し寄せてきて少し大変でした。段々とこの舞台の空気感に慣れ、歌うことの楽しみを感じながら歌えました。気持ちが最初から作れなかったのが悔しいですが、このような状況下のなかでも本番を迎えられて本当に良かったです。
 
そして卒団の時を迎えました。本番終了後のミーティングでも話しましたが、短い間の所属だったもののよびごえで本当に濃い経験ができました。私は作曲専攻ですが、よびごえで、実際に音楽を演奏する活動でなければ経験できない、音楽を形作ること、音楽を伝えること、音楽を共有することについて、よびごえならではの濃さをもって、沢山経験できました。そしてそれらは私の創作活動に良い影響をもたらしています。おそらく、それが、惜しくも演奏されることはなかった、よびごえの新歓コンサートのために作曲した女声合唱にも現れていたかと思います。よびごえの活動なしではこの曲は生まれていませんでした。
 
私は今後大学院で作曲を続けますが、このように、これからも、音楽に向き合ったり音楽と仲良くしようとしたり、または時には違う視点をも持ったりして様々な経験をし、そんな自分だから作れる新しい音楽を生み出していきたいと強く思います。また、教育(人に音楽を言葉などで伝えたり教えたり、その音楽の良さを発信することも含み)にも興味があるので、その点もよびごえでの経験をいかして引き続き探究していきたいと思います。
今までありがとうございました。 森本…
24
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.036

お久しぶりです、2年アルトの中島菜々子です。
今回の練習は、いつもの大学ではなく、とある公民館の一室をお借りし、あたたかなお日様の光に照らされながら、遂に一週間後に迫ったコンクールに向け最終調整を行いました。
 
発声練習では、「ko」で歌う練習や、ハミングを用いた練習を行いました。前回の練習でも指摘があった、速いテンポ下での母音の響かせ方を意識することができました。今回の2曲はどちらも比較的テンポが速い部分があるので、緊張などでいつも通りにいくか分からない本番でも確実にできるよう、常に意識していきたいと思います。
 
 風紋の練習では、曲中の強弱を、より明確に聴いている人に伝わるよう工夫しました。また、曲の冒頭から、集まった声で歌いだせるように、息の吸い方、頭の空間の使い方、ポジションなどのポイントをおさえながら、練習しました。今回の曲は勿論のこと、他のあらゆる場面でも応用できるよう、もっと追究していきたいと思います。
 
 今回は、本番と同じ衣装、靴を身に付けての練習だったため、BIN-NA-MAの練習では、足踏みの音などにも注目しました。また、部分で取り出して、より細かく曲をつくりました。また、皆からも気になる点などを出し合い、それぞれが納得して歌うことができました。
 

 
 ついに、コンクールまで一週間を切りました。それぞれができることをやりつくして、いい演奏ができるよう、より集中して練習に取り組んでいきたいと思います。
 
 次回のよびごえ日誌は、同じくアルトパートの1年生・谷 夏七星さんにお願いしたいと思います! 中島…
06
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.032

こんにちは。3年の井出です。
2月前半のぽかぽか陽気から一転、急に寒くなりました。私は大学1年のときから早朝バイトを続けていますが、毎年この冬の時期の早朝は、手が凍るほど寒いです(そしてなかなか起きれない!)。
 
今日は、花音さんの発声練習、と思いきや、いきなり「どんぐりころころ」を歌いました。
しかも隣の人の肩をたたきながら。体だけでなく、その場の空気もほぐれました。そういえば昨日、「春こん。」の中学校・高等学校の部のお手伝いをしてきました。終演まで舞台袖にいたのですが、約8割(!)の団体が、演奏前に肩たたきをしていました。どこかの本にでも書いてあるのかしら、と思ったほどでした。また、学校・団体によって本番前の空気は様々です。生徒全員と握手をする先生、ギリギリまで生徒と演奏の確認をする先生、生徒とは話さず楽譜や指揮の確認を黙々と続ける先生など、様々でした(どれがよい、というわけではありません)。一つ言えることは、その空気は先生次第なのかな、ということです。部活動の指導方針でもあるのかもしれませんが、先生によって育つ子どもは全然違うのだなあ、と。言葉では分かっていましたが、実際に間近で見てヒシヒシと感じました。
 
さて、話が逸れました。今日の練習では、はじめに「風紋」を扱いました。通しの録音をし、その録音を聞き、改善点を出し合いました。課題はまだまだたくさんですが、一つひとつ解決をしていきたいですね。言われたことを何個も一度にやろうとすると、かえって上手くいきませんでした。
後半は「BIN-NAM-MA」です。本番の並びを確認し、また演奏も形になってきたと感じています。楽譜に書かれている演奏記号を中心に、細かく確認を行いました。楽譜を読み込んでいる、と思っていても、見落としている記号があるものです。形になってきたのは、そのような細かい作業を繰り返した結果なのかな、と思います。終わりのミーティングでも、「やっと曲を掴めた」との声が多数。暗譜も含め、今後も頑張りましょう!
 
そしてもう一つ。今日の練習から、ベースに助っ人が来てくれています。バリトンパートをお願いしましたが、彼が入ったことで一段と音の鳴りが豊かになりました。練習も違った視点で見てくれているようで、よびごえに新しい風を吹き込んでくれそうです。これからもよろしくお願いしますね。
 

 
次回は同学年の國元さんにお願いしようと思います。 井出…
04
November
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.024

こんにちは!B類1年ソプラノパートの神谷咲妃です。
今回は11月2日から4日にかけて開催された東京学芸大学の学祭“小金井祭”について書き留めたいと思います。小金井祭では音楽科でコンサートを催しているのですが、今回はコンサート最終日の大トリで『美しい訣れの朝』より「3.お母さん」、「知るや君」の2曲を歌わせて頂きました。
 

 
前回の合唱祭での本番とは違い、学内の知り合いや家族など身内を主としたお客さんの中で歌うのはより一層緊張感がありました。
お母さんの死への恐怖感を伝えるにはどうしたら良いのか、それとは正反対とも思われる「知るや君」の美しい自然の風景を誰かに伝えたいという詩を最大限引き出すにはどうしたら良いのか。曲を読み始めてから3ヶ月ほどに渡って歌ってきた私たちが曲から受けた感動、恐怖をダイレクトに聴衆に伝えるためには、どうすれば良いのか。今までの練習で何度も話し合ってきました。曲想、歌い方に関しては練習、リハーサルで準備万端でした。では本番という練習にはない様々な要素をどう曲に活かせるでしょうか。本番直前のミーティングで小田さんからヒントを頂きました。まず入場での歩き方、表情。1曲目にお母さんを歌うのなら、微笑ましく登場するのでは恐怖の世界観は作れません。歩き方も背筋を伸ばして緊張感を持った方がより張り詰めた空気を作れると思います。そして曲間。張り詰めた空気か暖かで穏やかな空気に変える。表情を柔らかくしたり、身体の力を一度抜いてみたり…。それぞれの方法で美しい自然の風景について歌う準備をしました。
 
こんなに本番に向けて曲想の入念の練り込みができるということはとても幸せなことです。普段の学校生活では目まぐるしく本番がやってくるので、なかなか準備万端な状態では迎えられず、後悔することもしばしばあります。そんな中でこのよびごえでの活動は技術面から曲想の練り込み、表現方法の追求までしっかり出来るのはとても勉強になるし、他の本番にも活かしたいと毎回思わされます。
次の本番は春こんです。BIN-NAM-MAと風紋、どちらも難しそうで特にBIN-NAM-MAは特殊奏法がいくつかあり譜読みから怖気付いていますが、また次の目標に向かって頑張っていきたいと思います。
小金井祭に来てくださった皆さまありがとうございました。
 
次回のよびごえ日誌は、よびごえ1年生唯一の声楽専攻の松本夏実ちゃんにお願いしようと思います! 神谷…
31
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.023

こんにちは、名嘉眞です。学芸大学は、学園祭でにぎわっています。音楽科でも、毎年恒例小金井祭コンサートが開かれ、私たちの出番もいよいよ明日となりました。
 
今回は、本番直前の稽古ということで、歌をうたう前のスイッチの入れ方がメインとなりました。というのも、本番では、場所、隊形、緊張状態など、いつもと違うことが起こります。またこれは、個人の問題ではなく、私たちが合唱という集団芸術のかたちである以上、お互いに影響しあいます。本番特有の緊張や興奮状態の中でしか生まれない、熱い演奏も、本番の楽しみではあります。しかし一方で、曲が常に持っている熱量や世界観を、着実に再生していくための仕掛けとして、スイッチが必要です。
 
今回初めに曲を通した時、何か全然まとまらなかったな、という印象でした。同じベクトルに向いているはずなのに、集団だからこそ生まれる、音楽の大きなうねりが感じられません。いつもと隊形が違うことで、聞こえ方が変わり、曲に集中することよりも、周辺の環境に気を配りすぎるがあまり、私たち個人が硬直してしまい、結果的に音楽が硬直してしまいました。小田さんからその後、「死生観」についての話があったり、曲のイメージを音楽的要素と詩から再統合することで、みんなの中の音楽が潤いを取り戻しはじめ、だんだんと動いてきました。個人の状態も安定し、音楽と向き合う情緒的な基盤が作られて、ようやく曲と一体となることができるのだと知りました。
 
実は、今回の稽古には美術科からスペシャルゲストが4人来てくれました!たった二時間で音楽がどんどん変容していくのが面白かった。音楽を通して、自分と向き合うことができた。音楽をするという行為は、究極の鑑賞だと思った。など、私たちでは発見することのできない、美術科ならではの視点もあり、お互いにとって有意義な時間となったのではないでしょうか。学芸大学には各教科のオタク…ではなく、専門家がたくさんいます。自分の領域に熱中するがあまり、他学科との交流は少なくなりがちですが、よびごえが鎖国することなく、開かれた空間であってほしいな、というのが、1つわたしの願望であったりもします。
 

 
ここからは美術科のみなさんのお話を受けて、お話しします。私たちは、演奏することを通して、自分の中に他者を生み出します。曲と初めて向き合ったとき、楽譜は他者です。しかし、練習を重ね、曲と向き合う時間が増え、曲を理解するということが、いつの間にか、曲に描かれた、他者を理解するという行為になります。他者理解をしたうえで、表現というアウトプットの行為に及んだ時、自分の中に他者が生まれるのです。そして、身体の中から出てきた演奏は、自分でもなく他者でもない、入り交じった第三者となって、聞き手の耳に届きます。『究極の鑑賞』というのは、音楽そのものを鑑賞することだけでなく、自分自身の鑑賞という意味にもなるかもしれません。聞き手のみなさんの中に何かを残せる演奏ができるよう、真心を込めて演奏したいと思います。
 
次回のよびごえ日誌は、小金井祭でよびごえとしての初舞台を迎える、一年生の1人、神谷咲妃さんにお願いします!
 
それでは、4日16時音楽ホールにて、お会いしましょう! 名嘉眞…
21
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.022

こんにちは、中島菜々子です。
小金井祭を2週間後に控え、今回は途中でリハーサルを含めた練習となりました。
 
最初の20分間は、いつものように発声をしました。今日は、いつもより少し広い場所をいっぱいに使い、散らばって皆で歌いました。自分の周りの狭い範囲だけにとどまらず、広げることで、隣の人と離れていても一体感を持って歌うことができました。
 
リハーサル前の練習では、「お母さん」の細かい部分の修正を行いました。上手くいかない部分がでてきたときに、すぐに他のメンバーから、「ここはどういうことを表現したいのか」という問いがあげられました。常に表現したいことを持って、そのためにはどういった技術が必要なのか、というプロセスを考えられることができるのは、本当に大切なことだと思いました。
 
リハーサルを終えた後の練習では、会場での響き方に合わせて調節を行いました。私がこのとき言われて印象に残ったのは、「相手に伝えられなかったら圧倒的な失敗である」ということです。普段個人で演奏するときも忘れがちなことで、どうしても目先の技術的な失敗を恐れて、相手に伝えようとする意識が薄れてしまうのです。もちろん技術を高めることは必要です。しかし、その大元の目的が「伝える」ことであることを常に念頭に置いておかなければならないと改めて感じました。
 

 
本番まであと少しです。雨ばかりで鬱になりそうですが頑張ります!!
次回のよびごえ日誌は、私たちの先輩、國元先輩にお願いしたいと思います!
  中島…
07
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.010

こんにちは!1年A類の伊野綾那です。今回は、今年度初のステージ!7月7日(日)の東京都合唱祭について書き留めたいと思います。
 
実は、私は高校の合唱部時代からこの合唱祭に毎年参加していました。そのため、会場の新宿文化センターはもはや思い出の場所です。しかし、どれだけ同じ舞台に立ったことがあったとしても、毎回見える景色は違いますし、この空間でどんな演奏ができるのかという緊張と興奮は、毎回湧き上がってくるものですね。
 
さて、早朝の最終練習を終えて、静かな雨の中会場に向かうと、続々と出演される合唱団の方々が集まってきました。合唱を愛し、仲間とともに楽しんでいる方々が、これだけいるのか!と驚かずにはいられませんでした。合唱祭が始まり、実際に演奏を聞いていくと、年齢、人数、ジャンル、演奏形態など、非常に様々でした。コンクールのように規則、審査、順位…などに縛られず、表現したいものを表現する。まさにお祭りという名にふさわしい、楽しい時間でした。
 
それでは逆に、私たちよびごえは何を伝えることができたでしょうか。目標であった「自分たちが感動し、感動させる音楽」、そして「爆発した本番でしか作れない音楽」を作れることはできたでしょうか。ここで、講評、他の団体からの感想文の一部を紹介します。
《良かった点》
・透明感のある歌声で12人とは思えない豊かな響きだった
・優しさ、温かさ、人間とは…などが伝わってくる英知ある演奏だった
《改善点》
・メゾ、アルトがソプラノに消されがちだった
・各パートが音楽の流れを作り出せるとさらに良い
・言葉一つ一つの表情を表現してほしい
など多くのご意見をいただき、嬉しさを噛みしめつつも、よびごえの次なる課題が見えてきました。もちろんそれは、「感動をはらんだ音楽を届ける」ための手段であることを忘れず、これからの音楽作りに活かしていきたいと思います。
 

 
最後に、私の個人的な感想になってしまいますが一つ。感想文を読んでいるとき、「今後も歌い続けてください。」という言葉が深く心に響き、感動が溢れてきたのです。よびごえの歌声をまた聴きたい、他の誰かにも聴いてほしい、と願いのこもった一言のように感じられ、こんな私も歌って良いんだ、と本当に心が救われました。音楽は、自分のためではなく、聴いてくださる誰かのためにあるのだ、ということを改めて確信した瞬間でした。感動を生んだ音楽が、演奏する者の喜びとなり、また別の場所で感動を生み出していく。音楽の力って本当にすごいですね!!!
 
約3か月間、向き合ってきた『恋』『雨のあと』の練習は一旦終了し、これからは、小金井祭に向けて再出発です。ひと夏をかけて、さらに進化したよびごえの姿をお見せできるよう頑張ります!
 
次回のよびごえ日誌は笑顔のかわいい谷夏七星さんです!お楽しみに! 伊野…
01
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.009

はじめまして!1年フルート専攻の今城琴美です。今回は合唱祭前の最後の練習でした。
 
各自発声をした後、まず通し練習を行いました。立ち位置の確認や歌い始めのタイミングの確認をし、本番をイメージした練習となりました。歌う前に、心を落ち着けてその曲の歌詞に思いを馳せ、気持ちを作って準備することが大切だと感じました。
 
まず『恋』の練習では、テンポの変わり目などのアインザッツの確認をしました。
曲の始めは特に私自身も不安に思っている部分だったので慣れるまで何度か練習することが出来て良かったと思います。
タイミングを揃えることを意識しすぎるとどうしてもためらいが生まれてしまい、余計にずれてしまったり、テンポも引きずりがちになってしまったりするので全員が自信を持って思い切って入ることが大切だと思いました。
 
『雨のあと』の練習では、アルトパートはメロディーの部分で明るい声で歌おうとするあまり、声が浅くなってしまっているという指摘を受けました。奥に響きのある声を出しつつ、歌詞の明るいニュアンスを出す歌い方を出来るよう工夫しようと思います。
また「かわく」という言葉が何度も繰り返されていることに着目し、それは何故なのか、どのように歌えばいいのか、ということを考えました。「涙のあとがもうかわく」という言葉から、かわいてほしいという思いを感じるという意見や明るくキラキラとしたイメージを持つという意見がありました。
 

 
また全体を通して、小田さんから「感動を届ける演奏をしよう」というお話がありました。
ただ上手な演奏をすることは求めていない、1人でもいいので誰かに感動を届けられる演奏をすることを今回の合唱祭の目標にしようということでした。
みんな一生懸命に和声分析や、楽譜の読み取りをしがちだけど、それはあくまでも心に響く演奏をするための手段であって本来の目的を忘れてはならないと気付かされました。
 
いよいよ7日の日曜日が本番です。4月に入団して3ヶ月余り向き合ってきた『恋』と『雨のあと』を皆さんに聴いていただけることがとても楽しみです。
聴きに来てくださる方々に曲に込めた私たちの思いを届け、心に響く音楽を作りあげたいと思います。
 
次のよびごえ日誌は、ソプラノの1年生の伊野綾那ちゃんにお願いします! 今城…