よびごえ日誌


2025.12.06 【2025】よびごえ日誌 vol.4
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随分と久しぶりになってしまいました。小田です。
現役メンバーお一人お一人のおかげで後期の活動も無事に始まり、2月22日に開催される「春こん。ユースの部」に向けて、練習が進んでいるところです。
 
今回、よびごえのメンバーと一緒に勉強したいと選んだ作品は次の2曲です。
 
 Daemon Irrepit Callidus(詩: 不祥 曲: György Orbán)
 Sleep(詩: C. A. Silvestri 曲: Eric Whitacre)
 
よびごえでの選曲は、未来のみなさんへのメッセージや、教育的な願いを込めて行っているつもりですが、本当に面白い・美しい合唱作品を実際に体験してほしい、合唱という表現形態の可能性を感じてほしい、という願いも込めています。稽古が始まって1カ月と少しが経ちましたが、いま、みなさんにはこれら2曲がどのように見えているでしょうか?
 
この日誌では、Daemon Irrepit Callidusについて、現時点での僕の考えを書いておこうと思います。もちろん、僕の考えに寄らずに、みなさんは自由にこの曲と向き合ってください。
 
Daemon irrepit callidus,
  ずる賢い悪魔はいつの間にか私たちの中に潜り込み
Allicit cor honoribus,
  名誉によって心を誘惑する
Ponit fraudes inter laudes, cantus, saltus.
  誉れや歌、踊りの間に罠を仕掛けているのだ
Quidquid amabile Daemon dat,
  (しかし)悪魔がどんなに好ましいものを与えてきても
Cor Jesu minus aestimat.
  イエスの心よりも価値があるとは思わない。
 
Caro venatur sensibus;
  欲は感覚を狙っている
Sensus adhaeret dapibus;
  感覚が快楽に執着するように、と
Inescatur, impinguatur, dilatatur.
  (すると)餌に引っ掛かり、肥えて太り、欲はもっと大きくなる
Quidquid amabile Caro dat,
  (しかし)欲がどんなに好ましいものを与えてきても
Cor Jesu minus aestimat.
  イエスの心よりも価値があるとは思わない。
 
Adde mundorum milia,
  世界にある無数のものを加え
Mille millena gaudia;
  幾千もの喜びを加えたとしても
Cordis aestum non explebunt, non arcebunt.
  心の熱を満たすことも、鎮めることもできない
Quidquid amabile Totum dat,
  (そうだ)全世界がどんなに好ましいものを与えてきても
Cor Jesu minus aestimat.
  イエスの心よりも価値があるとは思わない。
 
ここに書いてみたのは、原義に即しながらも分かりやすさ優先で意訳としました。
 
皆さんの中にも、Daemonは住みついていますか?僕は、ほぼほぼDaemonに侵食されているように思いますが、仮に侵食されていない部分があるならば、それは自分の人生で大切にしていることなのかもしれないと思います。僕の場合は、音楽をしていたり、授業をしているときはお腹が空いているのを忘れたり、休みたいというよりも、どうやったらもっと良くなるかな、と考えます。Daemonは、僕のここの部分をどうやったら取り崩せるか、本気で狙っているのかもしれませんが、まだしばらくは、負けない予定です。欲に負けるのか、負けないように跳ね返すのか、おそらくは、この曲の肝となるメッセージはここにあるのではないかと思いますが、みなさんはどのように考えますか?
 
この作品の持つ情景についてです。
僕にとって、この曲に登場するDaemonは、かなりの本気度で襲ってきているように思います。それは、ワンチャン勝てればいいか、というようなことではなく、もしこのミッションが失敗すればDaemonの上司によってDaemon側の家族が一人消される、くらいの覚悟を想像します。つまりは、そんなDaemonを跳ね返そうとするこの詩の主人公もまた、相当な思いでDaemonに向かい合っており、だからこそ、曲中で最後に歌われる「Cordis aestum non explebunt, non arcebunt.  心の熱を満たすことも、鎮めることもできない」の一文は、一語一語にアクセントが置かれ、力強い悪魔払いのような音楽になっているのではないか?と思います。
この主人公がDaemonと対峙している時、僕は、立ち向かってやるぜ!という気持ちだけでなく、恐怖も感じていると思います。もしこの駆け引きに負けてしまうと、自分の人生が壊れてしまう、そんな恐怖かもしれません。もしそうであれば、この曲の出だしが醸し出す雰囲気は恐怖であり、近寄ってくるDaemonの巧妙さ(ずるさ)をいかに表現できるかがポイントになってくるのかなぁとも思います。
 
一人語りをしましたが、重要なのは、僕の考えは一つのアイデアにとどめて、皆さん自身が想像力を発揮し、この作品に生きた命を与えることです。それは、可能な限りリアルで、具体的であることが望ましいです。そこで見えてきた景色を、どうか、演奏を通して、お客さんに伝えてください。この作品の世界を、お客さんにも体験させてあげてください。「よびごえの演奏を聴けて良かった」と思ってもらえるよう、最善を尽くしましょう。
 
合唱は、本来的には、心を育てるものです。それは、学習指導要領で示される「豊かな情操を養う」ということになります。技術は育っても、心は育たない、そんな合唱にならないように、Daemonの世界のイメージを、よびごえのメンバー全員で育てていき、私たちだからできる最高のDaemonを演奏しましょう。
 
またの機会に、Sleepについても書きたいと思います。
……と、原稿を書き終わると、お腹が空いてきましたし、眠くなってきました……。Daemonとは、恐ろしいものです……。
 
 
次回のよびごえ日誌は、ななみさんにお任せしました!
いつの日か、読み返すかもしれない未来の自分のために、よびごえ日誌も続けていきましょう!

小田直弥