よびごえ日誌


2026.04.13 【2026】よびごえ日誌 vol.2
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「自分にはなにができるのか、なにをすべきなのか」
 
 3年B類加藤優奈です。昨年度の秋学期~今年度の春学期と実質1年よびごえをお休みしております。先日真鍋さんのよびごえ日誌を読んで感化され、4年生の先輩方のコンサートを聴いて「合唱」の良さを浴びまくり、休団中の身ですが今の自分の中にあるものを書きたいと思いました。
 
 私は2025年の3月にJCAユースクワイアに参加しました(催しの概要は以下の通りです)。
 https://www.jcanet.or.jp/event/jca-youth/JCAyouth-index.htm
 
学芸大の先輩を含む教育学部の学生さん、音大芸大の声楽科の方、合唱指揮を学んでいる方、学校の先生、社会人をしながらさまざまな合唱団で歌っておられる合唱オタクの方などさまざまな人と出会いました。合唱をしていることを「自分のアイデンティティ」で終わらせず、日本の合唱文化の裾野を広げる人になっていってほしい、地元や所属合唱団にてここでの学びを還元してほしいという連盟の願いに触れ、果たして自分にはなにができるのか、なにをすべきなのか、夜しか眠れないくらい考えさせられました。メンバーの中には地元で「合唱塾」に携わったり、地元で合唱団を立ち上げ人を巻き込んでいたりする方もいました。私はJCAユースの存在を知り軽い気持ちで参加し、そこで生まれるサウンドについて(合唱におけるビブラートの是非、指揮者が求めるデュナーミク・アゴーギク等々)ばかり考えていました。今後どういう活動をしていきたいのかノープランで不安になっていき、休み時間やご飯の時間に人生の先輩とたくさんお話したことを覚えています。「まだ大学1年生なんだし、いろいろ経験しながら考えればいい」ということで、4月からはとにかくやりたいことをすべてやろうという気概で生きていました。
 
 熱中できることがあった、というのはとても幸せだったと気づかされました。合唱に対して以前のような熱量をもてなくなり、いつも「私は将来なにをしたいんだろう」「将来どうしよう」「発声の使い分けをしなくていいとは言うものの、自分の声はこの合唱だと浮くな、この人とのアンサンブルではこういう歌い方のほうがいいな…やっぱり独唱の勉強をするほど合唱に適応できない声・マインドになっていくのではないか?」などと考えていました。「合唱が大好きな私」というアイデンティティが崩れる予感に不安を感じ始めました。

 よびごえをお休みしようと決めたのは7月頃です。「教育現場における合唱の意義」について考えるよびごえにいることで、こうした葛藤が加速すること(かつそうした状態でお稽古に参加することで、前向きに取り組むメンバーの前で負のオーラを醸し出す人間になりかねないこと)を懸念したのが、大きな理由です。
 
 以前「合唱と独唱とで声を使い分ける必要はない」という話がありました。それに納得しているときというのは、「どんな声もその人のもの」「その人の良さが発揮される声を合唱用に封じ込める必要はない」というマインドではないかと私は思います。一方、その考え方が腑に落ちないときもあります。使い分けている声のひとつが仮面をかぶった自分のように思えるときがあります。そう感じたとき、そのコミュニティそのものを嫌いになりたくはないのです。
 
 収拾がつかない文章になってしまいました。ほぼ1年考え続けているテーマですが、深く考えても答えが見つかる気がしません。逆に答えは浅いところにあるのではないかとすら思います。ただ合唱好きだった私がどう変化していくのか、1年後の自分がどういうノリで生きているのか、楽しみにしようと思います。秋学期にはよびごえのお稽古に参加し、大好きな4年生の皆さんのご卒業の前になんとしてもご一緒したい気持ちです。またよろしくお願いいたします!

加藤優奈