よびごえ日誌


2026.04.12 【2026】よびごえ日誌 vol.1
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いよいよ、新年度が始まりました。
今年度はどんな物語が待っているのか分かりませんが、願うは、一人ひとりが、なりたい自分に少しでも近づける1年にしてくれるといいなと思います。そのために、僕にできることを、精一杯頑張りたいと思います。
 
新年度初稽古は、新歓コンで演奏予定の”Soranji”(Mrs. GREEN APPLE)でスタートしました。
 
ポップス作品を合唱アレンジで歌うことの意味/価値については、これから音楽の教員になったとき、必ず向き合うことになると思います。それは合唱が、結局のところは宗教音楽における「ともに祈ること」を原点としており、ポップスが、個人の主張というオペラアリアの延長線上にあるという違いが生み出すジレンマゆえに思います。
 
具体的には、合唱は複数人で歌い、ポップスは多くの場合はヴォーカルは一人、つまりは、大人数で歌うことで効果の得られる詩(性別や年齢、人数に左右されずに歌える内容)と、一人で歌うことで効果の得られる詩(個人の経験や主張など)という違いが挙げられます。
演奏形態の違いは、得意とする音楽表現の違いを生み出すことも、みなさんはご存知だと思います。合唱の場合は、複数の声部を重ねることで得られる音響効果、つまりはハーモニーや、ポリフォニーが「合唱らしさ」のようなものを生み出していると思いますし、これはルネサンス期から今日の合唱まで、共通しているものです。ポップスの場合は、一人だからこそできる小回りの良さと、誰もは真似できないスター性を武器にして、発展してきました。先に「オペラアリアの延長線上」という表現をしましたが、オペラの歴史ではバロック時代より、アジリタという、細かな旋律の動きや、低い音から高い音までの幅広い音域を一人で歌いあげてしまうということがありましたが、それは今日のポップスを見ても、共通しています。ポップスは、西洋クラシックで発展してきた技法に加えて、しゃくいやこぶしなど、西洋クラシックではタブーとされてきた声の技を効果的に用いることで、表現の豊かさを拡張してきました(それは、アメリカから輸入したものでした)。
 
原曲が合唱ではない曲を、学校現場で合唱アレンジで歌うことについて、僕の記憶では、ここ20年で繰り返し議論がなされてきました。合唱を学ぶのであれば、そもそも合唱がオリジナルの曲をやればいいじゃないか、という意見もあれば、いやいや、子どもたちが自ら歌いたいと思えるような今風の合唱作品が無いんだから、合唱の楽しさを感じてもらうためにはポップスを合唱でやるのはありでしょ、こうした議論は、言葉の違いが多少あるだけで、同じことが20年言われ続けていると、僕は感じています。この間、たくさんの現職の先生に会ってきましたが、先生ごとにお考えは違いますし、だからこそ、自分はこう思うから子どもたちにはこうしてあげたい、という、「教師の願い」が求められてくるんだと思います。
 
そうしたジレンマをもっているという意味で、僕は、よびごえでポップスを扱うことは意義があることだと思っています。ポップスを歌う経験をしておいてほしいということもありますし、それを通して、合唱アレンジされたポップス作品の教材性(何が学べるのか)について考えてほしい、ということでもあります。
 
今回の”Soranji”という作品は、日本中で知られている作品で、内容的にも個人的にはめちゃくちゃいい教材だと思っています。それは、学校教育の特性と言ってしまうとこの曲の価値が矮小化されそうで嫌ではありますが、ただ、この曲がなんらかの「希望を謳おうとしている」ことについて、学校教育との相性は良いと思っています(みなさんもお気づきだと思いますが、教育用の音楽作品でネガティヴな作品ってほとんどないですよね だいたい、友達は良いもので、助けてくれて、前を向こう!、みたいな1パターンの内容ばっかりで、それに共感できない子は置いて行かれるというバイアスを持っています これは時に、道徳教育と音楽教育の関係性も言われるほどで、音楽嫌いを生み出す要因とも考えられています)。
 
「貴方に会いたくて 生まれてきたんだよ」「裏切りが続こうが 「大切」が壊れようと 何とか生きて 生きて欲しい」「我らは尊い」「この世が終わるその日に 明日の予定を立てよう そうやって生きて 生きてみよう」・・・とパワーワードが連続し、言葉のもつメッセージがものすごく強いのがこの曲の特徴です。今回の稽古では、歌詞解釈も一瞬やりましたが、ポップスだとしても、ぜひ、言葉に着目して、クラシックの譜読みの方法を取り入れてみてほしいなと思います(ただし、クラシックのように深刻さや繊細過ぎる解釈をしてしまうと、ポップスの様式から離れていくことはあると思うので、注意したいところでもあります)。
 
①このテキストを歌う私はだれなのか(貴方に会いたくて生まれてきた私はだれ?)、②だれのために歌っているのか(何とか生きて、生きて欲しいのはだれ?)、こうして観点を立ててみると、ただ詩を読むときよりも想像力が働くことってあると思うんですよね(発問の設定)。書かれていない情報を推測してみようとすると言いますか。それが、深い譜読みにつながると思います。
本番まで、あと少し時間がありますので、ぜひ深い譜読みを継続していただき、その結果として、効果的な声の使い方(表現)を選択できるよう、音楽表現へのアイデアを探してくれるといいなと思います。
 
お客さんとしては、「えっ、Soranjiをやってくれるのか!」という期待をもって聴いてくださる方もいると思います。期待を裏切らない演奏と考えるとプレッシャーになってしまいますが、これを表現したいんだ、ということを演奏という手段で伝えられる本番にしてもらえると嬉しいなと思います。
*“Soranji”の合唱アレンジの楽譜提供にご快諾をくださいました埼玉県立伊奈学園総合高等学校音楽部様、追川芽以様にこの場を借りて御礼申し上げます。
 
 
さて、初回稽古の最後は、新年度の抱負の宣言がありました。
 
・勇気
・挑戦し続けること
・今までお世話になった人や団体や行事などにお返しして卒業したい
・感動を届けられる演奏をして卒業したい(笑顔を超えて涙) ×2
・努力
・ていねいな暮らし(所作から)
・人とのつながり
・ポジティヴ・ライフ
 
みなさんに乗じて、僕も「本当に大事なものを、大事にする」という目標を立てさせてもらいました。忙しさを理由に大事にできないのであれば、忙しさを減らしてちゃんと大事にしようという覚悟で、頑張ります。それは、音をよく聴くことであったり、自分なりの音楽の景色であったり、よびごえのみなさんもそうですが、大切な人への愛情表現であったり。これらはコスパ・タイパではない方法で、大事にしたいと思います。
 
今年度も、全員の力を合わせて、最強のチームにしましょう!

小田直弥