よびごえ日誌
2026.05.15
【2026】よびごえ日誌 vol.3 新歓稽古①
タグ:新歓 , 表現 , 解釈
みなさん、こんにちは。小田です。
新歓稽古のために準備くださったみなさん、そして当日来てくださった1年生の方々にとても感謝しております。本当にありがとうございました。
新歓稽古の記録を残しておく意味でも、日誌を書いておきたいと思います。
ななみさんとはるとさんによる団の説明、自己紹介の進行のあと、小田がバトンをもらい、発声練習は本当にあっさりと、活動に入っていきました。今回はNコンの小学校の部の課題曲にもなった「ふるさと」(詩:小山薫堂 曲:youth case)を選んでくださり、混声四部(編曲:松本涼)を使用しました。さすがは学大生、10分で音取りが終わり、合わせをしても一発でキマっていくスタートでした。
今回の大きなテーマとして、「形と音色」を考えてみました。
少し抽象的に書いてしまいましたが、要は、正しい音高、リズム、強弱、アーティキュレーション等で演奏できていますか?ということが、「形」に当たると思います。しかし、それは決して、楽譜上に書かれてある記号を守れば良いというだけではなく、「書かれていなくても書かれてあること」を読めるかどうかが「形」を作るうえでは重要である、ということをみなさんと再確認したいと思い、活動に取り入れました。
最初は、まずはそれぞれの譜読みの通りに歌ってもらいました。その次に、出だしの4小節には、強弱記号としてmpが書かれてあるだけですが、ピークがある演奏を僕が示し(山本訓久先生の言葉で言えばSchwerpunkt=重心)、書かれてはいないけれども自然なcresc.とdecresc.があることを一緒に確認したうえで、ではなぜ、書かれてはいないのに、ピークを見つけることができるのか、という問いに連続していきました。
そこでは、①旋律の特徴(ドからラの音までなめらかに上行したら、次はなめらかに下行する)、②和声の特徴から説明をしてくれ、僕からはもう1つ、③日本語のラインの観点を提示しました。重要なこととして、ピークは、はっきりとは書かれていないけれども、少なくとも3観点から説明可能であり、これらを読める人にとっては、書かれてある情報に等しいということです。つまりは、読もうとしなければ読めないし、読める人には読める情報ということです。
さて、この発展として、実はこの曲の楽譜では、続く4小節も似たようなフレーズが続きますが、そこでは、ピークがきちんとmp – cresc. mf – decresc. と書かれてあることに着目してもらいました。では、「書かれてはいないけれども見つけられたピークと、実際に書かれてあるピーク、どうやって歌い分けますか?」という問題にもちろんぶち当たり、このあたりから、少しずつ僕の言わんとするメッセージ、つまりは楽譜の読み方が開けてきたんじゃないかな?と、感じていました。
いったん楽譜の読み方が開けてしまえば、「きっとみなさんならば応用してくれる!」と信じ、次の問いへ。
この曲には、3つの旋律の形(線)が出てきます。
1.なめらかに上行して下行する、4小節の旋律(Aメロ)
2.最初にアクセントをもってから下行していく、2小節の旋律(Bメロ)
3.上行して下行する旋律の、2小節+2小節+4小節の重ね技(サビ)
これらの旋律の特徴を、書かれてある強弱だけでなく、書かれていないけれども書かれてあることをしっかり読みながら、明確につくってみよう、ということをやってみました。
仕上げとして、線の質について、発展的な話をしました。人が息を吸い、吐く時には、あたかも一本の線が口から出ているというイメージの話から、それが細いのか太いのか、柔らかいのか硬いのか、繊細なのか決然としているのか、一本の線は1つのフレーズの中で質を変えながら紡がれたりもするのか(例:最初は力強かったけれども、次第に柔らかくなったり)等。
この話をした後にみなさんに歌っていただいたとき、ものすごく、「形」として、声の可能性を感じる音楽になっていたなぁと思います。
次に、「音色」の話に進んでいきました。
「形」は楽譜に書かれてあることを読むための技術が問われているように思いますが、「音色」は、「感性」との関わりの深いものです。殊に、音色にも答えがあるように考えている人もいるかもしれませんが、それは決して正しくなく、多くの人が共通してたどり着く音色があるために結果的に似通った演奏になっている、ということはあるかもしれませんが、音色の学びは、素晴らしい演奏家の音色を自分も作れるようになるという、真似をベースとした学びではありません。真似がベースになっているならば、新しい解釈は生まれないはずであり、音楽の多様性に矛盾する考え方になります。大切なのは、自らの感性を働かせて、自分が納得できる音色を選択できるようになること、その先に、作れるようになることです。
活動のスタートは、こんな発問からでした。
1.この主人公は、どんな人?何歳くらい?どんな性格?
なぜ、この詩でかかれているようなことを考えているの?
2.第1連について、音色(心の状況)はどう変化している?
どこで変化している?
みなさんの答えはこんな感じでしたね。
1.(チーム男声)20歳の大学生くらい。帰省で地元に帰っている。
(チーム女声)大学生か社会人くらい 忙しさがひと段落して、帰省している。
2.(チーム男声)最初は遠くにあったなつかしさだったけれど、だんだんといろんな人の顔が思い浮かんできて、いまははっきり見えている!みたいな変化。
(チーム女声)素朴で、感傷的なところもあって、それは安心したときの涙が出る手前みたいな感覚から、だんだんと、ひとりひとりの笑顔が見えてきて、前向きに明るくなっていく、という変化。
この発問には答えはありません。重要なのは、ひとりひとりが納得できる場面設定をもてること、そして共感的にこの作品のことを感じられるようになることが目的です。
次に、残りの詩全体を眺めながら、感情が見出せるところを書き出してみて、それをチームでシェアすることで、ざっくりとしたこの曲の感情のタイムラインを整理してみよう、と発展させました(一曲の中で、最初から最後に向かって、どのように感情が変化しているのか)。例えば、優しい感じ、決然とした感じ、温かい感じ、つらいけど踏ん張る感じなど。
このワークは、音楽科の教科特異性ともかかわる、とても大切な活動だと個人的には思っています。発声が上手くなっても、音が取れるようになっても、自身の心が豊かになるということがなければ、豊かな情操を養っているとは言えないように思います。
歌っている時に優しい気持ちになれたり、力強さを感じられたり、切ない思いになったり、それは心が動いている状況ですね。そして、その作品だからそうした心になれたという、本当の意味で、その作品を味わうことが重要だと思います。
詩の情報だけを読むのではなく、詩の心を読んでほしい。そこで見つけた心を、次は、音楽表現に活かすためにどうすれば良いか、と、「詩の解釈と音楽表現との有機的なつながり」を見出してほしい。それが、僕からの1つのメッセージでした。
ということで、様々に、チームでワークをしたあと、最後に通して歌って、活動は終了となりました。優しい気持ちを表現したいならば、具体的に、声の技術はどうすればよいのか。息は多め?母音のポジションは?レガートにすればいい?強弱はどうする?などなど、「優しさ」というものを音楽表現としてお客さんと共有するために、私たちは、演奏のなかで可変的な要素のうち、何をどのように工夫すればよいのでしょう?
末筆、
新歓稽古の記録はここまでとして、昨日の新歓稽古を終え、今日は長野にやって来ました。泊まっていたホテルの露天風呂で、知らないおじさんと一緒に星を見ていて、どうやら、そのおじさんには、天の川が見えているらしく、僕にはどうも見えなくて、この日誌を書いた後、もう一度、外を散歩して、天の川を探してみたいと思います。流れ星はいくつも見れました!
明日はこちらで演奏会をして、明後日に青森に戻ります。どんな時でも、どこにいても、よびごえのみなさんのことを想っていますし、一緒に学んでくださっていることに、とても感謝しています。まだまだ一緒に、面白い合唱をしましょう。
またすぐに、お会いしましょう!
