よびごえ日誌


2024.07.19 【2024】よびごえ日誌 vol.6
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まずは、よびごえ日誌が大変遅れてしまったこと、お詫び申し上げます…すみません。今回の日誌は、4年一柳です。最近は毎日溶けそうな暑さですね。
 
さて、だいぶ前になってしまいましたが、7/19の稽古では、主に、今取り組んでいる「あの空へ~青のジャンプ~」のGの部分について自由に話し合いました。この部分の楽譜には、「76小節から83小節のスキャットの言葉(歌詞)は自由。ハンドクラップやフィンガースナップを加えたり、アドリブでソロを加えてもよい。」とあります。この曲には“Shout”と書かれた部分もあり、この時代の合唱の課題曲にしては斬新な、いろいろな意味で自由さがある曲になっています。当時のNコンのYouTubeなどを見ても、ダンスをしたり、歌詞を加えたり、即興的なソロを入れたり、それぞれの学校の個性が光っています。そこで、よびごえでも演出を考えてみようというわけです。なんの枠も設けず、本当に自由に話し合った結果、地声で叫ぶ人を作ったり、ハイタッチを入れたり、ボイスパーカッションを入れたり、言葉を変えたり、指パッチンしたり、さらには舞台上を大移動したりとあらゆる案が実現されました。時代が進み日本でも色々な合唱曲が生まれたとはいえ、今でもある程度のかっちりさや楽譜への忠実さを求める傾向のある日本の合唱という活動では、異色の活動だったのではないでしょうか。よびごえではかつて、インドネシア語の曲を歌ったとき、衣装を作り、メイクをし、踊りを踊った懐かしい思い出がありますが、その時はやはり曲の背景をよく考えた上での、ある程度の文化・時代的忠実さを求めた結果の総合表現だったので、今回ほど創造要素が強いものは少なくとも私の知っている限りは、やはりなかったのではと思います。慣れない活動に、最初は何から考えたらよいものか戸惑いを感じていた団員たちでしたが、やってみると意外とノリノリで楽しんでいました。自分の主体性を発揮できるって、戸惑いや恥ずかしさを感じることもありますが、楽しいなと思います。
 
音楽演奏というのは、基本的には再現芸術といわれています。しかし再現の過程で、演奏者の個性が加わり、それぞれの演奏が生まれていきます。作る主体と演奏する主体の比重(?という表現が正しいかはわかりませんが…)は、曲のジャンルによって様々で、クラシックであれば作る主体の比重が非常に大きい気がします。一方、民族音楽やジャズアレンジなど、世界には演奏する主体の比重が大きい音楽も多くあります。日本の学校音楽は圧倒的に、再現的な要素が強い音楽が多い気がしますが、その是非や、演奏する主体の比重が大きい楽曲を学校で扱うときの扱い方についても、今後考えていきたいと感じました。
 
最後に余談ですが、先日Nコンの東京予選を見に行きました。興味+自身の指導する合唱部で、来年度Nコン出場の話が出ていたこともあり見に行ったのですが、大切なよびごえの先輩が指導者として指揮をする姿、伴奏者として出ている姿、よびごえとして指導に行った学校さんが素晴らしい演奏をしている姿を見て、心を動かされたとともに、時の流れを静かに感じていました。(ちなみに、しっかりよびごえの後輩ちゃんたちとも遭遇しました笑)
 
わりと毎度になりつつある気がしますが、今回も長文ですみません。期末に書くと、大学の期末レポートの癖が抜けず気づいたらそのくらいになっちゃってます💦
お読みくださってありがとうございます。それでは皆様、暑さに溶けないように、涼しくしてアイスを食べたりもして、素敵な夏が過ごせますように🌻

一柳優里愛