よびごえ日誌


2026.07.04 【2026】よびごえ日誌 vol.7
タグ: , ,

みなさん、こんにちは。小田です。
以前の僕の日誌では、合唱祭で演奏予定の2曲のうち、「あなたのことを」について書きましたので、今回の日誌では「星めぐりの歌」について、書いておきたいと思います。
 
この日誌を、ずっと書きたいと思い続けながらも、この1カ月、書いては消し、書いては消しを繰り返して、ついに今日になってしまいました。そうこうしているうちに、以前の稽古で、賢治の生涯のこと、信仰のこと、世界の見方のことを、簡単にですが共有し、さて、この日誌では、何を書き残そうかと思うこととなりました。
もう一度、この日誌をゼロから書き直すこととして、ただし、本番でみなさんに心の中で感じていただきたいことを、いまの僕の言葉で書き残しておきたいと思います。
 
 


宮沢賢治(1896-1933, 岩手県花巻市)

 
 
賢治は裕福な家に生まれ、勉強したいことをさせてもらえ、鉱物収集や星座、農芸化学、造園、宗教、音楽、演劇など、37年の生涯で、たくさんのことを知ろうとして、実践した人でした。彼の信仰は、〈南無妙法蓮華経〉とお題目を唱える法華経との結びつきで語られますが、父政次郎の浄土真宗、彼にとっては恋人のような存在だったとされる保阪嘉内(1896-1937, 山梨県)が影響を受けたキリスト教、妹トシの霊魂を求めて旅した際に出会ったアイヌ信仰など、様々な信仰の影響を受けながら彼独自の世界の見方が構築されていき、より良い生き方を探し求めていたと考えるのが妥当でしょう。
 
彼が生きた時代は西洋化が急速に進むニッポンであり、科学や合理的な思考が広がったことで、誰も見たことがない死後の世界に過度な期待をするよりも、今生きているこの世界のことをより深く知ったり、より良くしていくことに興味が湧くことは自然だったように思います。賢治もまた、その一人でした。
 
賢治は、この世界について知ったこと、考えたこと、気づいた真理(らしきもの)について、詩や童話という、書き物を通して表現しました。彼の作品の中には、たくさんの動物や植物、星座といった知識が出てきますし、この世界に生きるものはすべて、食べて・食べられるという強者と弱者の関係性の中にいること(この関係性から逃げ出そうとすることは死を意味すること)、そうした世界のなかでの本当の幸せとはなにかという問いが、いくつもの作品の根底に流れています。
 
 
ここから先は、僕個人の賢治の見方です。
 
結局のところ賢治は、この世界は美しいということに心の底からの確信をもちたかった、ただその一心で勉強し、草木も風も動物も星もアニミズムとして、すべてこの世界を構成する命ある存在として、人間と平等に捉えていました。
 
賢治の晩年に書かれた詩を1つ紹介します(著作権は切れています)。
 
 
 
眼にて云う
 
だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽(わかめ)と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草(いぐさ)のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。
 

賢治記念館付近の景色(花巻)

 
賢治は、意思とは関係なくどうしようもなく血が出てしまうことにも慣れてしまい、それでも助けようとしてくれる親族や医者の姿に申し訳なさも感じながら、いまいまにも死にそうな深刻さのある場面だとしても心はどこかのんきで、彼の目に映るのは、きれいな青空と、透き通った風であったという、こういう詩です。
 
彼は結婚はせず、なかなか友達もできなかったことが、いくつかの記録で分かっていますが、そうした人間関係のなかで、賢治のことを精神的に支えてくれていた妹トシの死、ほとんど唯一の親友とされる保阪嘉内との遠距離は、彼の生きづらさに大きく影響したと思います。そして、だからこそ彼には、この世界を生き抜く希望が必要だったように思います。
 
 
『銀河鉄道の夜』では、次のような描写があります。
 
 お父さんこういったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蠍(さそり)がいて小さな虫やなんかを殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命逃げて逃げたけどとうとういたちにおさえられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりはこういってお祈りしたというの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちにくれてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸いのために私のからだをおつかい下さい。っていったというの。そしたらいつか蠍はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのをみたって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。
*一部、漢字を現代版に修正しました
 
 

 
賢治の学校(花巻)

 
賢治にとって、精神的なつながりを得られるのは人間だけでなく、星もまた、そうした存在だったのでしょう。さそりだけでなく、私たちが、夜、見上げるといつも空で光ってくれている星は、それぞれに人生(星生?)みたいな物語があり、星たちにもまた人間関係(星間関係?)みたいなご近所づきあいがあり、そうした世界を、賢治は微笑ましく眺めていたのかもしれません。
 
賢治の童話のなかでは、「星めぐりの歌」は、星の世界のテーマソングのようなもので、「双子の星」という作品では、チュンセ童子とポウセ童子が一緒に横笛で吹いており、「銀河鉄道の夜」でも登場します。星の世界の歌を、賢治は、人間の世界で、農民の仲間とともに歌っていたということから、星の世界と人間の世界が連続的につながっているという賢治の思想(価値観)を感じることができるでしょう(今回、私たちが合唱祭で歌うこともまた、そうした見方ができるでしょう)。
 
 
私たちが生きるこの世界を、いかに捉え、本当の幸せはどこにあるのか。
賢治は、創造力を働かせて、この世界の現象に物語をつけていきました。どんよりとした暗い雲だとしても真っ白な雪を降らせ、それを死に逝く妹トシの最後の食事にしたこと。天の川を、死者が旅する銀河鉄道にしたことなど。
 
私たちは「星めぐりの歌」に、どのような星たちの世界の物語を想像できるのでしょう。もしくは、星と人間との世界なのかもしれません。
 
広がり続けるとされる宇宙のなかに、生まれては消える星たち。その光は、温度によって、赤かったり青白かったりするわけですが、彼らは何ゆえに燃え続けているのでしょう。
見方を変えると、私たち人間もまた、生きているというよりは、星たちのように燃えているのかもしれません。赤かったり青白かったり、大きかったり小さかったり、星たちにもいろいろあるように、僕たち人間もまた、よく分からない欲求に突き動かされて、いつの日か燃え尽きることを分かっていながらも、今日も生きて、明日も生きて、音楽をしようとしているのかもしれません。
 
「星めぐりの歌」は、ただの星座の羅列です。
でも、賢治という人と重ね合わせることで、なにか、現代を生きる私たちも大切にできるようなメッセージを受け取れるように思うのです。
 
 
合唱祭で達成したい演奏や目標について、そろそろ、ご自身のなかで固まっていますか?どんなことでも大丈夫です。なにか1つ、大きくなってください。
 
あと一週間、チームとしての合唱、そしてお一人お一人の心からの音楽と芸術を、応援しております。

小田直弥