よびごえ日誌


2026.06.07 【2026】よびごえ日誌 vol.5
タグ: , ,

みなさん、こんばんは。
いよいよ、新体制での稽古がスタートしました。7月11日(土)に出演する合唱祭に向けて、今回は、以下2曲に取り組むこととしました。
 
「あなたのことを」(詩 銀色夏生/曲 上田真樹)
「星めぐりの歌」(詩曲 宮沢賢治/編 三宅悠太)
 
「あなたのことを」は、メンバーのみなさんの投票によって決定くださり、それを受けて僕の方でもう1曲、「星めぐりの歌」を選びました。この日誌では、「あなたのことを」について、僕なりのアイデアを書いておこうと思います。
*僕の考えが答えではありません。一アイデア程度に読んでもらえると嬉しいです。いつでも大切なのは、自身の考えです。
 
 
「あなたのことを」は、とても素直な作品で、詩も音楽もさわやかで優しいというのが、僕の第一印象でした。銀色夏生と上田真樹のコンビは、Nコン課題曲「僕が守る」が有名に思いますが、現代の合唱界において、こうした柔らかい作品を指導できる力は、指導者に求められているように思います。
余談ながら、上田真樹の作品のうちで、触れずにはいられないのは『夢の意味』(詩:林望)でしょう。2007年に発表された当時、とても優しい空間で、ドラマティックで、どこか切なくて、心にゆっくりと浸透してくるようなこの作品を繰り返し聴いていたのを覚えています。その後、男声版の初演に携わった方が学大の先輩にいて、男声版の楽譜を見せてもらって、すごく感動したのも思い出します。上田作品の特徴は、とにかくトップ(ソプラノやテノール)が高く、発声上、美しく歌うことが極めて難しいことです。曲が美しい分、挑戦したいと思ってしまいますが、技術的な難しさが合唱団を選ぶことから、僕はあんまり上田作品を積極的には選べずにいました。「僕が守る」が課題曲として発表された時も、なんて難しい作品だろうと思いました。
そんなこんなで、今回の「あなたのことを」を勉強する機会をみなさんからいただくことができ、本当にありがたい思いです。
 
 
この作品は、合唱団の整理された技術も求めていますが、それ以上に、心の豊かさを前提としているように見えます。優しく、柔らかい作品であればあるほど、心のない演奏というのは悪目立ちするもので、この作品の作り方としては、まずこの作品の感触と言いますか、質感を、メンバーの一人ひとりが、たしかに実感することが大事でしょう。次に、それをどうすれば音としてお客さんと共有できるか、という順番で、合唱団の一人ひとりのもつ知識や技能を総動員して、演奏をつくっていくのが良いように思います。
 
 
詩の内容は、考えていると気分が良くなったり、力が湧いてきたり、それまで悩んでいたことを忘れてしまうような〈あなた〉のことを考えている、〈わたし〉が主人公です。みなさん自身を〈わたし〉に置き換えたとき、みなさんにとって、〈あなた〉のような存在はいますか?
詩を読むとき、ちょっとしたコツがあるのですが、書かれてある言葉を頭から読んで、イメージを膨らませるのではなく、その詩の言葉が発せられる前段階があることをイメージすると、もう少し、深い読みが可能になります。前回の稽古で話題にしましたが、〈あなた〉のことを考えるとすごく気分が良くなるということについて、〈わたし〉はこの詩のこの場面で驚きとともに初めて気づいたのでしょうか、もしくはもっと前から知っていて、日常の延長線上の言葉だったのでしょうか。こうして問いを立てながら詩を読んでいくと、実は、音楽表現にいきてくることに気づけると思います。〈わたし〉にとって、驚くべき発見であったならば、強弱記号はきっと大きな音量で、発見の喜びが音色に含まれているでしょう。他方、このことは昔から知っていて、日常の一場面のようにこの言葉を発するならば、mpのような、繊細過ぎず、でも大きいわけでもない音量で、それでいてあなたのことを考えている穏やかさが音色に含まれているでしょう。
詩を読むことと、音楽表現を考えることは、決して別々の作業ではなく、右脳と左脳が脳梁でつながっているように、密に関係しあっています。むしろ、そういう詩の読み方ができていないと、もったいないとも言えますね。
 
 
〈わたし〉にとって、〈あなた〉のことを考えるとどうして元気が出るのかはよく分かっていないようです。書かれてある以上のことは、解釈の範囲で自由に想像すべきですが、僕個人としては、どうして元気が出るのかについて、〈わたし〉が何も考えていないわけではないと思っていて、考えても考えても、これというスッキリしたものが得られていないような状況なんじゃないかなと思います。みなさんはどう感じますか?
しかし、このスッキリしない状況というのは、〈わたし〉にとってはさほど問題ではなくて、よく分からないけど、元気が出るということだけは事実なんだから、まっいっか、というような〈わたし〉にも読めます。
 
 
この次に出てくる言葉は、とても〈わたし〉のキャラクターを表しているように僕は感じます。〈あなた〉のことを思い出しているうちは、弱い考え≒悩みの入る隙がない、というのは、〈わたし〉の発見なんだろうと思います。だから、〈わたし〉は〈あなた〉のことを考えて歩こうとしているんだろうと思います。
 
 
上田真樹は、この後にもう一度、詩の冒頭(あなたのことを考えてたよ)を繰り返します。それをテノールソロにしたのは、なんだか、すごくいい気分にさせてくれます。僕のような凡人であればソプラノソロで書いてしまいそうなところ、テノールの優しい音色でこの言葉をもう一度歌い、そのあとにtuttiで展開することで、この言葉の効果をさらに高めたいという意図を感じます。
 
 
この曲を歌っている間は、少なくとも〈わたし〉は悩みを忘れていて、〈あなた〉のことを考えることで得られる恩恵を得ているのでしょう。
みなさんが演奏するこの曲の前奏にも、歌いはじめにも、歌い終わりにも、よびごえのメンバー一人ひとりの体の中が、〈わたし〉と〈あなた〉のような温かい感触で満たされていること、そんな音楽を一緒に目指しましょう。それは、みなさんの中で感じているだけの見えない感触に留まるのではなく、そうした感覚があるからこそ、連動してブレスの質や音楽の流れが柔らかくなり、詩にリアルな音色を与えて、お客さんのもとに届いていきます。
 
 
最後に、
「温かさ」や「幸せ」という自分なりの感覚を感じることができるのは、だれかが、それを僕にくれたんだろうと考えることがあります。それは、家族かもしれませんし、親友かもしれません、僕のことを愛してくれただれかかもしれませんし、僕が愛したいと思っている人かもしれません。はっきりは分かりませんが、だれかがくれたこの特別な感覚を、僕たち音楽に生きる人間は、音楽に翻訳して、だれかに伝えることができます。
みなさんが先生になったときには、どうか、子どもたちに伝えてくれると嬉しいですし、子どもたちが「温かさ」や「幸せ」を感じてくれるよう、精一杯、愛してあげてほしいなと思います。

小田直弥